ありがとうカーチャン その2

午後1時過ぎ、オクチャンと一緒にトーチャンのところへ。
ちょうど、カーチャンの棺の中に入れてあげるものを整理しているところだったので、オイラたちも手伝う。「靴を入れてあげないと向こうに行けないよ」とか、「メガネはどれを入れる?」「本も何か入れてあげよう」などと言いあいながら。特に化粧道具は、トーチャンはわからないから、オクチャンが見繕うことに。また、病気の初期のころにオイラがあげた脳トレの機器を入れてあげるかという話も出たけど、「向こうに行ってまで、そんなことやりたくないって言うよ」という意見が大勢を占め、笑いながら却下に。
2時過ぎに葬儀場に行くと、昨日は来られなかったネーチャンがすでに来ていた。会うのは約10年ぶりか。いつのころからか、どうもこの人とは相容れなくなり、今日もやっぱりダメだなと思うこと多々。
カーチャンは、化粧をし直してもらったからか、おだやかで、ほほなど少し赤みが差していて、とてもいい顔をしているように見えた。でも、額を触ると、氷のように冷たくなっていて、そのアンバランスがなんだか不思議な感じがした。
少し後にオバチャンが来て全員そろったところで、葬儀社の人に用意してもらったCDラジカセで、ちあきなおみをかけさせてもらい、それをバックに、棺の中に洋服などを入れていった。オイラが酒を持っていって、棺の前に置いていたら、葬儀社の人が「すこし口に含ませてあげますか」と言ってくれたので、花びらにとってちょっとだけ口の中に流し入れてあげた。カーチャンの生まれ故郷、米沢の酒、住吉。「住吉はかなり辛口だけど大丈夫かな」なんて、声をかけながら。
トーチャン曰く、カーチャンがいちばん気に入っていたという白いシルクのブラウスを最後にかけてあげて、続いて花びらを顔の周りを中心、入れてあげる。みんなが思い思いに入れるもんだから、バランスもへったくれもなくなって、「なんかセンスねえなあ」なんて笑っちゃいながら。
葬儀社の人に、「最後にいちばん好きな曲にしましょうか」と言われるが、「黄昏のビギン」なんかにしたら、もう泣けて仕方なくなることが見えていたので、あえてそのままかけ続けてもらった。が、最後の最後にトーチャンがカーチャンの顔をなでたりしているときに、ちょうどかかったのが、ちあきなおみがカバーした「アカシアの雨がやむとき」だった。こりゃまた、たまらんかったね。
そうしてとうとう、棺にふたがされた。今度は別の建物の火葬場へ。皆で棺を囲み、手を添えてついていく。係員が棺をひく速度がけっこう速いので、ゆっくりしか歩けないトーチャンがついて行けるか心配だったし、カーチャンとの最後の別れを惜しむ思いもあり、ちょっと棺を押さえて少し遅らせてやろうと思ったが、そううまくはいかなかった。トーチャンは必死についていったようだったが、案の定、手を離したあとは、ガクッとスピードが落ち、少し苦しそうだった。
無宗教の葬儀だったけど、気持ちの区切りをつけるためにもと、火葬場で焼香をして、本当に本当の最後のお別れをした。カーチャンの棺は、すーっと、火葬炉の中に消えていった。
骨上げまで約1時間、休憩所で休む。オイラは煙突から上がる煙を見たいと思った。それを見ればもしかしたらカーチャンが見えるかもしれないと思ったから。しかし、葬儀社の人にきいてみると、煙突は奥の方にあってここからは見えず、また複数の人を一緒に火葬するとのこと。これもまた、仕方ないけど、都会の葬儀の味気なさなのかな。
火葬が終了したとの知らせを受け、再び火葬場へ。火葬炉から出てきたカーチャンは、ほんのわずかの骨になっていた。こんなしかないのかと愕然とするほど。係の人からは、「2人で一緒に、1人1回でいい」などと言われているにもかかわらず、好き好きにどんどん入れていく。まったく傍若無人な家族だ。とくにトーチャンとネーチャン。この2人、やっぱ似ているんだなと思う。
すべて骨壺に収まっても、3分の2くらい。みんなで「少ないなあ」とか「すかすかだよ」などと言っていたら、係の人に、「骨粗鬆症など少ない人はもっと少ないです。骨壺の3分の1にも満たない場合場あります」などといわれてしまう。それはどうやら、これまた都会の火葬場だということと関係しているようで、田舎などは2時間〜3時間かけて焼くので、残る骨の量が多いが、都会では焼かなければいけない数も多く(この火葬場では平均1日40〜50人、多いときは70人にもなるという)、時間をかけられないので、高温(1000度以上)で短時間で焼くため、残る骨が少なくなってしまうのだという。
カーチャンの骨を入れた骨壺を絹の布で包み、桐箱に入れ、さらに絹の白いカバーをして、遺骨のできあがり。立場上、オイラが遺骨を持つことになる。途中、ネーチャンに「ちょっと持たせてみろ」と言われ渡すと、「こんなに軽いのか」とひと言。
見送ったのはたった5人だったけど、だからこそ、なんの気兼ねもなく、妙に深刻ぶった顔をする必要もなく、それぞれが心の中から本当に、カーチャンを見送ることができたんじゃないかと思う。
トーチャンは、このあとみんなで、食事でもしようと思っていたようだけど、トーチャンと少しでも一緒にいたくないネーチャンは帰ると言ってきかないし、オバチャンも今日は遠慮しておくというので、2人とは葬儀場で別れる。タクシーが来て慌てて乗ったから、ろくな挨拶もできぬまま。オバチャンとはまだしも、ネーチャンとは、もしかしたもう会うこともないかもしれなかったなと、あとから気づく。
トーチャン、オクチャン、オイラは、途中、持ち帰り寿司屋で寿司を買い、実家へ。4か月ぶりに帰ってきたカーチャンの骨壺を安置し、隣にオイラんちのワンコの骨壺を並べた。「カーチャンお帰り、おい、ワンコ、カーチャンをよろしく頼むぞ」と声をかけたら、カーチャンだけでなくワンコとの思い出もよみがえってきてしまい、ちょっとたまらなくなってしまった。
そして3人でカーチャンに献杯。カーチャンのとこにも、ビールと寿司をいくつか供えて。トーチャンはビールを少々。オクチャンとオイラは、ビールのあと、カーチャンに少しあげた住吉の残りを。久しぶりに飲んだ住吉は、思っていたほど辛くなく、びっくりするほどうまかった。住吉をこんなにうまいと思ったのは初めてだった。
強がりで意地っ張りのトーチャンだけど、なぜかオクチャンには素直になれるみたいで、何度も「今回はいろいろ世話になったな」と言っていた。オイラ、生まれてからトーチャンに礼を言われたことなんてあったかな?
オクチャンは明日、仕事だったので、きりのいいところで、カーチャンにもう一度挨拶をして、実家を辞す。帰るときトーチャンは玄関まで出てきて、特にオクチャンに向かってもう一度「ほんとうに、ありがとうございます」と。そして、「こっちのほうに来たときには寄ってちょうだい。また連絡させてもらうよ」とも。「また来いや」などと言うことはあっても、こんなふうに頼むように言われたのは初めて。ちょっとびっくりして振り返ると、トーチャンはこちらを見ずに、まっすぐ前を向いていた。トーチャンの寂しさが一気に胸を刺した。
自宅に帰り着き、シャワーを浴びて、もう一度2人で少しだけ献杯。またちあきなおみをかけたら、また涙が出てきてしまった。

でも、こんな日でも今日は朝、少しだけ走った。だって、明後日にはハーフがあるから。やめようかとも思ったけど、そんなんでやめてもカーチャンは喜ばんだろうと思い直した。でも、今朝もすぐに息が上がってしまい、果たして無事走れるのか、不安はつきないのだが……。