映画「インビクタス」を見る

名作・傑作を次々に作り続けているクリント・イーストウッド監督作品で、しかも題材がラグビー、さらにあの、南アの劇的なW杯優勝までの軌跡を描いたとなれば、どんなことがあっても見逃すわけにはいくまい! ということで、「インビクタス」を見に行く。
ちょうど東京に行く用事があったので、新装なってから初めて新宿ピカデリーに。平日の午後、しかも映画の日でも何でもないのに、ロビーにはかなりの人が。客席も8割方埋まっている感じ。こんなのオイラんちのほうの映画館では見たことのない光景。ピカデリー、改装して大正解だな。
映画は、長年続いたアパルトヘイト政策の破棄により、モーガン・フリーマン演じるネルソン・マンデラが約30年ぶりに釈放されるシーンから始まる。彼は黒人初の大統領となると、それまで差別されてきた黒人たちに巣くう復讐や怒りではなく、赦しと和解によって国を一つにしようとする。そしてその大きなきっかけにしようとしたのが、間近に迫っていた自国で開催されるラグビーワールドカップだった。
モーガン・フリーマンは抜群だった。比べて見ても本人と見まごうほどの、迫真かつ円熟した演技。和解と赦しを訴え、人間的な面を垣間見せる表情には、神々しささえ漂っていた。
しかしこの映画、ラグビーの試合シーンは迫力ある(ロムー役をはじめホンチャンの選手も多く出演していたらしい)ものの、決して派手なアクションシーンがあるわけではない。結末はあらかじめわかっており、先の見えないサスペンス的な要素もない。モーガン・フリーマンマット・デイモン以外に、有名な俳優が出演しているわけでもない。しかも、丁々発止のやりとりよりも、マンデラ大統領がひとりで語る演説シーンが目立っている。
えてして退屈になってしまいそうな要素が数多くあるにもかかわらず、2時間強、一時たりとも飽きることはなかった。それは、事実のなせる説得力によるものなのか。イーストウッド監督の絶妙の演出ゆえか。あるいモーガン・フリーマンマット・デイモンの好演が大きいのか。おそらく、そのすべてだろう。
そしてもうひとつ、エキストラの力もかなり大きかったのではないかと思う。試合会場しかり、南アの街中しかり、かなり数多くのエキストラたちが出ていんだけど、その誰もがちゃんと映画の中で生きていたんだ。だから、あの興奮がストレートに、もっといえばさらに増幅されて見るものに伝わってきたんではないだろうか。
そのあたりは、どうしても日本映画のかなわないところなのかな。せっかくいい映画だと思ったのに、エキストラの、いかにもの動きが表情のせいで、あっという間に画面の緊張感がなくなってしまった「沈まぬ太陽」と比較して、あらためてそう痛切に感じてしまったよ。
ただ、ほとんどが事実に基づいているものの、ラグビーに関してはちょっと違っているといった突っ込みどころも。たとえば、映画ではW杯直前まで南アチームは弱小だったとされていたけど、実際にはかなりの強豪で優勝候補の一角だったし、ルールも、当時はラインアウトのリフティングがなかったしキックオフはプレースキックだったはずなのに、それらは現在のルールのものになっていた。前者は言わば“映画的な嘘"というやつで、後者はそのほうが今の観客には説得力があると思ったのかもしれないけど。それと、いくらラグビーが“肉弾戦"だからって、ぶつかったときにあんな音はしないよね。