トーチャンと中の人、初対面

東京で仕事があり、それが早く終わりそうだったので、オクチャンと待ち合わせて、久しぶりにトーチャンの顔を見に行く。
オクチャンのお腹を見て開口一番「デカイなっ!」と。他の部分がそれほど太っていないからか、やっぱりお腹の大きさが際立って見えるのかも。中の人も、初めてジーチャンに会って、少し緊張したのかいつもより動きが少ない感じがした。
そのトーチャンは、体全体が少し黒ずみ、ふっくらした感じ。それが決して、日に焼けて健康的になったのでも、栄養をとって太ったのでもないことは、オイラにもわかった。
だから、なるべくトーチャンを疲れさせないように、顔を見て、だいたいの様子を聞いたら早めに帰るつもりだった。だけどトーチャンは、スーパーで買った刺身や赤飯、ビールなどを出してきた。「前もって来るって連絡なんかするから、気にして買っちまうんだ」なんて言いながら。
そして、カーチャンの荷物を整理していたら出てきたと言って、生前、しかもオイラが産まれる前につけていた手帳を見せ、その時代のことを話し始めた。北海道に行った最初のきっかけは砂金掘りだったとか、その後、国策パルプという会社に入った経緯だとか、そこから米沢に帰ってきた訳だとか。
さらには、なぜかもっと昔の話をし始めた。それは、自分の出自に関するものだった。これまでオイラは、トーチャンの家族については、ほとんど聞いたことはなかった。「オレは家族や故郷を捨てた人間だ」と言っていたので、聞いてはいけないものだと思っていた。だからオイラは、オイラのジーチャンの名前も知らないし、トーチャンが何人兄弟だったのかも知らなかった。(それを聞いてオクチャンは目を丸くしてたけど)
オイラのジーチャンの名前は秋秀といった。電気技師をしていたジーチャンは、トーチャンが3歳の時に死んだ。バーチャンにはトーチャンと兄と姉が残された。兄と姉はバーチャンの実家(清野家というらしい)に預けられ、トーチャンはバーチャンと2人で暮らすことになった。そして、遠山町で自作農を営んでいたバーチャンの実家の援助のもと、米屋を開いた。だが、女1人では米屋を営むのはたいへんだろうと、バーチャンの弟が手伝ってくれた。その弟は、自分のことは二の次に、バーチャンとトーチャンにとてもよくしてくれた。のちに徴兵にとられる前にバタバタと結婚したそうだが、結婚生活はほとんどないまま戦死したという。「その人のことを思うと涙が出る」とトーチャンは言った。また、実家に預けられた2人のうち、姉(秀子という)は戦後間もなく病死した。
一方、ジーチャンの実家は米沢郊外の高畠にあり、高畠鉄道の開設にも関わっていたらしい。トーチャンはジーちゃんが亡くなってからも実家に遊びに行き、そこでジーチャンの蔵書にふれた。ジーチャンは小学校しか出ていなかったが、独学で電気技師長にまでなった人で、勉強熱心だったから、当時にしては珍しい本もかなり持っていた。その中で特にトーチャンの心を捉えたのが大杉栄全集だったという。「オレが国家とか権力とかに反発を覚えるようになった最初のきっかけは、あの本だった」とトーチャンは言った。トーチャンがのちに竹中労と出会ったとき、彼にも同じような経験があったため、意気投合したのだそうだ。
初めて聞く話ばかりだった。
なんで今日、こんな話を始めたのだろう。きっかけは、カーチャンの古い手帳を見つけたことかもしれないけれど、それにしても自分の親の話まで。
1つには、自分の体のことがあるのかもしれない。「なんか、もうひと仕事できそうな気がする」と言ってはいるが、衰えは否応なく自覚せざるを得ないだろう。いざというときの前にという思いは少なからずあったはずだ。
そしてもう1つは、オクチャンが一緒に来ていたからではないか。もっと正確に言えば、身重のオクチャンがいたからではないだろうか。今日のトーチャンの話は、オイラやオクチャンだけでなく、中の人に向かって話しているように思えて仕方がなかった。