そして1週間が過ぎ、さて42.195キロの先には何が見えたのかな(湘南国際マラソン詳細報告)

思えばもう1週間たってしまったんだな。あの日からまだ一度も走っていない。天気が悪かったのもある。膝の調子が今ひとつだったので自重していたこともある。でも、そろそろ走りたくてたまらなくなってきた。次の一歩を踏み出す前に、あの日のことをもう少しくわしく記録しておこう。
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11月8日(日)第4回湘南国際マラソン当日
午前4時30分、目覚まし時計で目が覚める。さすがにまだ身体は寝ている感じで、布団の中で10分ほど気持ちを整えてから、いざ起床。シャワーを浴び、準備を整える。
その間にオクチャンが用意してくれた、鰻丼とお吸い物で朝食。レース前に食べる焼き餅も用意してもらい、なんとか6時過ぎの電車に乗る。
余裕を持った時間設定のはずなのに、藤沢駅のホームは、すでにラッシュ時に負けないくらいの混雑。違いは、並んでいる人のほとんどがジャージ姿で、リュックなどの荷物を持っていること。やって来た東海道線にもすでに多くの人が乗っていて、この時間にもかかわらず、すし詰めに近い状態。マラソン参加者以外の乗客には、いい迷惑だったろうな。
大磯駅に着いたのは7時前。改札を出たところに、今回のマラソンのプロデューサーでもある24時間マラソン間寛平アースマラソンのサポートで有名な坂本雄次さんの姿が。オイラたちを出迎えてくれているようでうれしかった。駅からバスに乗る選択肢もあったけど、ぜったい混むだろうし、アップもかねてメイン会場の大磯ロングビーチまで歩くことに。すでにたくさんの人が歩いているし、随所にボランティアスタッフや警備員がいてくれたので、迷うこともなし。天気もだんだん良くなってきているようで、暑くなりそうな感じ。会場の入り口がそこだけ非常に狭くなっていて、完全なボトルネック状態となって、その前で渋滞が起きていた。なんか意味があったのかな。
それでも40分ほどで会場到着。荷物置き場のところに着替える場所も用意されているようだったけど、そこもぜったい混むと思ったので、どこか適当な場所を探す。出店コーナーの裏の流れるプールのプールサイドに場所があったので、そこに入り込んでいったん落ち着く。プールにはまだ水が張ってあって、ちょっと危なそう。もしかして、完走したランナーたちが歓喜のダイブでもするんだろうか(その後、オイラの見ている範囲ではそんな人はいなかったけど)。そこで焼き餅(ハムと海苔巻き)2個とバナナを胃に収め、着替える。ふと時計を見るとスタートまで40分を切っていた。
ちょっと急いで荷物置き場に荷物を置き、ステージの前あたりで軽くストレッチ。あと大事なのはスタート前のトイレ。入り口近くにたくさんあったと思い、そちらに向かう。列に並び、これくらいの人数なら余裕で間に合うだろうと思っていたら、そこは男女兼用スペースで男性も大のほうをする人が多く、1人が終わるのにかなり時間がかかる。これならもう少し先の男性のおしっこ専用スペースに移動したほうが速いかとも思ったけど、そっちもかなり並んでいるようだったから、これから下手に動くとますます時間をロスしてしまうだろうと判断し、そのまま並ぶことに。途中でトイレットペーパーが切れてしまうというアクシデントもあり、予定より大幅に時間がかかってしまい、自分が終わったときにはすでにスタートの9時になろうかという時間。
焦ってスタート地点に向かおうとするが、その場所をちゃんと記憶していなかったため、トイレの場所からいったんフィニッシュ地点まで降りて、ぐるっと回るというかなりの遠回りをしてしまう。フィニッシュ地点付近には、このあとスタートする10キロの部の参加者しか見あたらず、さらに焦りまくる。
なんとかスタートに並んでいる人の後ろについたときは、9時5分を過ぎ。ああ、やっちまったと思ったけど、そこはまだスタート地点も見えないくらいの場所。少しずつ前に進み、ようやくスタート地点を越えたときは、9時15分くらいになっていた。これなら変に焦らないでもよかったかな。
気を取り直して、いざスタート。スタート直後は、とにかくなるべくゆっくりを心がける。が、ここでもうひとつアクシデントが発生。ポケットを探るとティッシュがない。走っているうちにぜったい鼻水が出てきてしまうから、必需品だと入れたはずなのに。どうやらトイレからスタートまでのどさくさで、どこかに落としてしまったようだ。どうしようと思いながら走っているとき、ふと見ると誰かが落としたらしいティッシュが斜め前に。ああ、同じことやってる人もいるんだなと思うのと同時に、それを拾えばいいじゃんと一瞬頭をよぎるけど、なんせたくさんの人が走っていて、いつの間にか通り過ぎてしまう。なんで無理してでも拾わなかったんだとか、ミニタオルは逆のポケットに入っているから、いざとなればそれである程度はぬぐえるけれど、風が強くなったりして頻繁に鼻をかむ必要が出てきたらどうしようとか、手鼻で済ませなくちゃならないのかな……などなど、心が乱れてしまう。
でも、そのおかげでスタート直後の興奮状態を抑えることができたのかも。最初の5キロは33分強。膝の具合もまだ全然大丈夫のようだ。はやる気持ちがないではないけれど、まだまだ先は長いんだと言いきかせる。
それでも新湘南大橋を越えて茅ヶ崎に入ると、このあたりからは走ったことがあるんだからとどこかで安心したのと、天気は思ったほどピーカンにはならず、ほどよい感じなので、少しペースが上がる。次の5キロは32分台に上がった。それでも全然無理をしている感じはない。「まだ10キロ」ではなく「もう10キロか」という気持ちになれた。10キロを過ぎたあたりで、持っていたアミノバイタルジェルをとり、エンジンをかけ直す。
浜須賀の歩道橋をくぐったあたりから本当に地元に戻ってきたという感じがして、ますます気分がよくなる。このあたりで早くも、折り返してきた先頭集団とすれ違う。こっちのファンラン集団から期せずして拍手がわき起こる。なんかいいね。
浜見山交番前の歩道橋あたりでオクチャンを見つける。すかさず駆け寄り、「ティッシュ持ってる? 落としちゃったんだよ」「ティッシュ? まったくぅ」といいながらバッグを探り幸い持っていたやつをもらう。サンキュー、助かった。これからゴールに行くかどうか聞いたら、まだわからないとのこと。期待しないで待つことにしよう。10キロから15キロも32分台で。
片瀬江の島の折り返し付近でもう一度トイレに行っておこうと思う。しかし、これまで見てきた給水所のトイレはどこも行列ができていた。ここで地元乗りを生かして裏技に。134号線沿いにあるスーパーユニオンに駆け寄ると、ちょうど従業員の人がいたので、「トイレ貸してください」と声をかけ、用を足す。オイラが入ったときはがらがらだったのに、オイラが出るときには5〜6人の列ができていた。ちょっとした優越感にひたる。気持ちも高揚してきたのか、これまでは撮影ポイントなんかでも全然見もしなかったのに、そのときだけはカメラマンを見つけてガッツポーズをとる(しっかり撮られていたみたい)。折り返し地点付近も多く人がいて、気持ちいい。トイレに行ったロスもあり、この5キロは33分台に落ちたものの、20キロ越えても、まだ気持ちには余裕があった。マラソンを5キロジョグ8本と考えようと思っていたのだけど、このときは「あと4本でいいのか」という思いのほうが強かった。あとから思い返すと、10キロから20キロは完全なランニングハイ状態になっていたのかも。
それにしても、1万人以上が走るとはいえ市民マラソン大会。沿道にはそんなに人はいないだろうと思っていたら、大間違い。ほとんど途切れることなく応援を送ってくれる人がいた。なかにはお菓子や水などを用意してランナーに提供する人たちも。オイラもある女性応援団に「どら焼きいかがですか?」といわれ、思わず「どら焼きぃ?」と顔がほころんでしまった。どら焼き自体はもらわなかったけど、力をもらいましたよ、ほんと。
しかし、自分では気持ちよく走っているつもりでも、やはり疲れは徐々にやってきたようだ。折り返して再度浜見山交番前あたりに来たときに、オクチャンの呼ぶ声が。反対側に渉って応援してくれていたのに気づかなかったのだ。今度は立ち止まらず手を振って応えて、すぐに走ることに集中。実際、そのちょっと前あたりから股の裏に疲れが出てきたような感じがあり、意識して足を出すようにしなければならなくなっていたみたい。20キロから25キロも33分台では走っていたけど、だんだん余裕がなくなってきている自覚があった。
それまでは、給水所で水やゲータレードをもらい、それを飲む間は歩くけど、飲み終わったらすぐに走り始めていたけれど、26キロ付近(サザンビーチ)の給水所で、ついにいったん立ち止まり、股裏のストレッチをする。だいぶ張ってきており、いったん止まると、次に走り始めたときに力が入らない感じがある。頑張って走らなければという風になってきた。
それでも、再度新湘南大橋を渡る手前の、コース中唯一おむすび(金芽米)がある給水所でそれをゲット(2個)し、食べる。寛平ちゃんになったような気もして、ちょっと元気になる。だが、橋を渡るあたりから股裏の疲れだけでなく、右膝の痛みも徐々に感じるようになる。はじめのうちは間隔が空いてときどき痛むという感じだったけど、だんだんその間隔が短くなってくる。25キロから30キロまでは35分ちょうどくらいにペースが落ちる。
でもまだこのペースを維持できれば、4時間30分を少し超えるくらいで走れるのではないかという希望があったので、これ以上ペースを落とさないよう必死になって走る。30キロから35キロまでもなんとか35分台半ばで抑える。
しかし、大磯港インターチェンジから西湘バイパスに入るところの上り坂でかなりのエネルギーを使ってしまう。膝の痛みも耐え難いほどになってきた。そして、37キロを超えゴール前最後の関門をクリアしたところで、右手にゴールの大磯ロングビーチが見えてきた。すぐそこにゴール地点が見えるのに、さらに先に行ってもう一度折り返してこなければならない。痛みをこらえているオイラに、それは非常に残酷な仕打ちだった。しかも、こんな時に限って陽が出てきて暑くなってくる。
38キロ地点で、ついに「もう」の思いが消え「まだ4キロ以上あるのか」という苦しさが全身を覆って、走る気持ちがガクッと萎えてしまった。しかも、このペースでは、グロスタイムでの5時間切りはほとんど不可能ということもわかった。もうだめだ、ちょっとだけ歩こう、そんな弱い気持ちがどんどん生まれてきた。けれど、歩いているとどんどん抜かされていく。それにいつまでたっても最後の折り返しが見えてこない。このまま最後まで歩いてしまうことになるのかっていう絶望的な思いも浮かんできていた。
でも、約1.5キロ歩いたところでようやく折り返しになり、そこに最後の給水所が。それを見たときに、なぜかもう一度スイッチが入った。ここで頑張ろう、あと2キロじゃないか、という気持ちがわいてきた。給水所で水を飲み、ストレッチをして、「よし」と自分に声をかけ、再度走り始めた。足はいうことを聞かない。右膝は着地するたびに激痛が走るので、引きずりながら走るしかない。そんなんではスピードなんて出るはずはない。ようやく40キロの標識を越えたときはそれまでの5キロに45分ほども費やしていた。その時点でもうグロスタイムでは5時間を指そうとしていた。
それでも(自分の中での)走ることはやめなかった。ここで頑張るのがマラソンの醍醐味なんじゃないのか、ここで頑張るのが楽しいんじゃないのか、そんなことを自分に向かっていっていた。足を引きずりながら走る自分の姿を、(映画版)「風が強く吹いている」のハイジに重ね合わせてその気になっちゃってたところもあったみたいだ。
かくしてラスト2キロちょっとは、最後まで走ったよ。左手に再び大磯ロングビーチが現れてきた。すでにゴールした人たちが金網越しに応援してくれるのも力になった。もう少し、もう少しと言いきかせながら。なんとかゴールしたとき、表示板を見ると、5時間13分程度を指していた。自分の時計では4時間57分くらいだった。なんとかネットタイムでは5時間を切ったのか。でも、ゴールしたときはそんなことも思わなかったな。とにかく、ゴールしたんだ、ということしか頭になかった。走ったんだ、と。(正式記録では、フルマラソン完走者1万1730人中7199位で、グロスタイム5時間13分ちょうど、ネットタイム4時間57分47秒だった)
完走メダルをかけてもらったときも、参加賞のTシャツをもらったときも、スタッフの人に何か言ったかどうか、ほとんど記憶にない。ゴールエリアを出て、空いている場所にへたり込んで、しばらく何もできなかった。ようやくもらったドリンクを飲み、10分ほどして少しだけストレッチをして、さらに5分ほどしてなんとか立ち上がり、荷物を取りに行った。
テントで着替えようかとも思ったけど、ケータイを見たらオクチャンがこっちに向かったというので、電話をしてみた。すると電車の乗り継ぎが悪く、今さっきついたところだという。オイラのゴールには間に合わなかったようだ。それでも来てくれたのがうれしかった。わかる場所で待ち合わせをして、とりあえず、海をバックに完走メダルをかけた写真を撮ってもらった。ありがたいことにオクチャンは、ポットに氷を入れ氷嚢も持ってきてくれていた。それで右膝を冷やした。そこでしばらく休んで、ささっと着替えて、飲食コーナーに行き、何かちょっと食べることにした。その途中で、ちょうどイベントを終えた徳光さんと猫ひろしに会ったけど、声もかけられなかった。あまり食欲はなかったけど、オクチャンがちょっと沖縄そばを食べてみたいというのでそれと、あと1杯だけビールを買って、2人で飲み食べた。ここでしっかり飲んじゃうと、酔いが回って帰れなくなるじゃないかと心配だったから。
シャトルバスで大磯港まで送ってもらった。ぎゅうぎゅうになるのを覚悟していたら、大型の観光バスが続々とやって来ていて、ちゃんと座席に座って行けたので助かった。最後までボランティアや警備の人たちがいて、声をかけてくれた。気持ちではとっても感謝しているのに、口に出してあんまり応えられなかったのは反省だな。
トイレで並んでいるとき、荷物置き場や着替え場所が混乱しているときなど、文句を言う人の声が聞こえたことがあったけど、オイラは最初だからほかとの比較はできないんだけど、全然文句を言うようなものではないと思った。もちろんすべてが完璧ではないけれど、とても温かくていい気持ちで走ることができた。いい大会だと思うんだけどな。
そして、帰ってシャワーを浴び、肉、肉と言いながら肉を食い、4日ぶりくらいに酒(ワイン)を飲んで、9時過ぎには布団に入ってしまった。
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翌日は、さすがに右膝が痛くて起き上がるのがたいへんだったけど、筋肉痛は思ったよりなかった。2日後くらいがピークなのかなと思ったけど、それほどでもなかった。右膝の状態も、安静にしていたら徐々によくなってきて、木曜日あたりからは普通に歩く分には階段の上り下りも大丈夫になった。なんかちょっと拍子抜け。もしかしたらオイラの筋肉って、長距離に向いていたのかななんて頭に乗ったりもして。
さて、こうして生まれて初めて42.195キロを走ってみて、何か変わったんだろうか。何か見えたものがあるんだろうか。残念ながら、そんなに劇的に自分が変わったという気はしない。でも、ひとつ言えるのは、実際それができるかどうかは別にしても、とにかくポジティブに考えようという気になったことはあるかな。そう考えられれば、少なくとも悪い方向には行かないってことがわかったからね。
それともうひとつ。走るって楽しいんだなってこの年になって実感した。ただ走るってことが、こんなに楽しいなんて、いままで気づかなかった。もったいないことしたなとも思うけど、これからだとも思う。
とにかく、来年もまた走るぞ。
ああ、楽しかった。